1回死んでみないとわからないことって、ある

「所詮人間そんな程度だ」
という言葉を周りの人に放っているお前こそが
“所詮そんな程度の”人間だ

と思う

 

 

 

 

最近は倫理の教科書を毎日10ページずつ読んでいくうちに


誰にもキレなくなったが 誰かの言葉で傷つくことがなくなった訳では無い

 

 

 

 

 

 

私は全くそういうつもりで言ったのではないのに

 

『20年しか生きていないのにわかったようなこと言うな』


と言われた

 

 

じゃあ何年生きればいいのだろうか

どうしたら私の意見は
【私の意見】
として受け入れてもらえるのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

50年40年【しか】生きていないのに世の中の事を分かったように語るあの人にはきっと、私の意見を私の意見として受け入れてもらうことは無理なのだろうと思う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“しか”と捉えるか“も”と捉えるかというのは個人的な裁量で決まる

 

 

―人は信用するな、他人は人の不幸を笑っているんだ、人を見たら全員敵だと思え


現実はそうらしい、人は自分以外の人が没落したり何かに劣っていたら心の中でバカにするらしい

 

そういうのが人生だ、と心の中で刻み込まれていてそれ以上考えることを放棄しているのならばもうそれはそれ以上変えられないし

 

 

 

自分が一番可愛いのは当たり前だし、そんなにおかしなことではないと思うがそれを他人に強要したら終わり

 

 

 

 

 

 

理想と現実は違うと言われる

けれど、そもそも個々人の心を飛び越えて社会の中に普遍的な【理想】と【現実】という概念がフワフワ浮かんでいるのではないと思う

 

 

 

理想と現実はあくまで“自分にとっての”という形容付きのものだ、と思う

 

 

 

自分の夢を叶えたければ【理想】は自分の夢になるし【現実】はそれを邪魔するものたちになる
誰かの夢を諦めさせたければ【現実】という言葉を使って諦めさせる言葉を投げかける

 

虫が良すぎる話だなぁ

 

 

 

 

つって思い始めたら止まらないのでまた考える。

 

 

 

 

考えが凝り固まらないうちにちゃんと食材を切って味付けの試行錯誤をしてじっくり煮込んでおく、その余裕がまだある。