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文章を書いて人に見てもらうということ

 

 

まだブログの仕組みなんかを知らなかった中学生の頃、友達がやってるアメブロをたまたま見つけて、ネットを開いたときには必ずチェックしていた。その頃の私は、かなりのネトスト気味だったと思うし、アメンバー限定公開ってなんだよ!?!?!見せろよ!?!?!ってキレてたのも懐かしい。(今はそんなことはしていないのでご安心を)


最近こんなのでも、毎日コンスタントにアクセスがあるようで
たまたまページを開いただけなのだろうか?はたまたじっくり読んでくれているのだろうか?同じ人が何度も訪れてくれているのだろうか?たくさんの人が見にきてくれているのだろうか?

と考えていたら昔のことを思い出した次第にて御座候。

 


とりあえず、
[【ものを書く】ということについて書こう]
と決めてからはや1週間くらい経っていたので書いてみよう、ということです。

 

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yomyomという文芸誌で尾崎世界観千早茜さんの『犬も食わない』という連載が始まるらしくてワクワクして図書館で最新号を手に取ったら、次号から電子版に移行するとかなんとかで残念どころの話ではない。電子版なんて今まで一度も読んだことない。この際だから読んでみろ、という神様からのお告げなのかもしれない。

 

パラパラと読んでいたら、「中高生のためのワタシの一行大賞」というエッセイコンクールが以前行われたらしく、その受賞作品と、選考委員の角田光代さんの選評が載っていた。

 

 

『四畳半王国見聞録』から一行を選んだ伊東さんは、森見作品を愛しているのだろうなあと、文章からも行間からも伝わってくる。伊東さんは森見作品を読んでいくなかで、こんなふうに生きたい、こんなことを自由だと思いたい、ということを見つけたのだろう。それはけっして仰々しいことではない。まさにこの一行に凝縮されたようなことだ。おそらく、そこからつかんだ人生観、自由観というものは、この先十年、二十年経っても色あせない。ずっと大人になってふりかえったとき、はるか後ろの足跡に、この一行、この一冊がそっと置かれていると思う。

 高校生の私も、じつは伊東さんのように、ある随筆の一言に感銘を受けて「こんなふうに生きるのだ」と決めたことがある。それは未だに私の内にある。(中略)書物のなかの一行は、人生の指針をも決めるし、消えない後悔を植え付けもする。ただひたすら驚かせてもくれるし、強い考えを持たせてもくれる。死にまつわる世界観を変えてもくれる。あらためて、一行というものの摩訶不思議な作用を思い知らされた。

 

 

角田さんの言葉になるほどそうだねわかるわかる大事だよね素敵だよねって言いたくなった。
伊東さんの文を読んでみると、確かに森見作品を愛してるのが伝わってきて、素敵だなぁと思った。

 

 

 

最近まで、尊敬している人の文章と自分の文が似てる(似てくる)というのは、マイナスなイメージしかなかった。自分らしさみたいなものが無くなるのかな、とか思っていた。
例えばもし、好きでこの人から私はいろんなこと学んだ!っていうような人がこのブログとかFacebookとかInstagramの文章を見てくれたとしたら、「こいつ俺っぽいな〜」とバカにされるんじゃないかとか、そのファンが見てくれたとして、「こいつ、あの人に似てるなぁ」とマイナスなイメージを持たれるんじゃないか、とか考えてしまっていた。
そうじゃなくても、自分が吐き出す文字とか文章とかに自信がないから、こんなもの、二番煎じ三番煎じなんだろうなぁとか思っていた。
このブログを見てくれた友達に
文章とか言葉選びとか〇〇ぽいなあと思う
と言われたときに、嬉しかったけどすこし悔しい、というかオリジナリティがないと言われたみたいで情けなかった。

 


でもその友達は、

そういうの良いと思う!言葉に感銘を受けてそれが染み付いてるんだろうな〜
ってその後褒めてくれたのでびっくりしたし、
伊東さんの言葉を見て
私は純粋に素敵だなぁって思ったし、
角田さんの言葉を見て
あ、マイナスなことだけじゃないんだなぁ〜って思った。

 


全く同じ人間なんていないわけだから(クローン人間でも、その人の思考回路まではコピーできないとかなんとか言ってたのを前NHKの番組で見た)
出会ったもの、見たもの、読んだものからちょびっとずつ吸収して、自分らしさ、が作れていけばいいなぁと思った。

 

 

 

森見さんは伊東さんの人生の中に生きてて、一行や一冊が物質的にではないにしても誰かの血や肉になるってすごい面白いことで。
私にもいつか自分が書いたものとか作ったものや生み出したものを
すごい!
って思ってくれる人が居てくれたら幸せだろうなぁと思うし、その人の人生の中で息がしたいと思う。

 


とりあえず高校入ってからはFacebookにつらつら文章書いてたので
昔の自分に「もっと早くブログの存在に気づけ」と言ってやりたい。

ブログならどれだけ長いこと書いても不思議に思われないし、書いてなんぼだし。
つづけていこう〜〜(⌒▽⌒)

 

yomyom(よむよむ) 2017年 03 月号 [雑誌]

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