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世界は美しくなんかない

え?なんですか?こんな事当たり前ですか?そんな当たり前のことに今更気づいたお前情けないって思わないかって?えへへ~そうですよね~って言うと思ったか馬鹿 はあ?説教みたく偉そうに言ってんじゃねえよ お前は人に言えるほど努力してきたのかよ?違うだろ逃げてきたんだろ嫌なことから逃げてきたんだろ なあ お前ほんとの事知らねえだろ ほんとの意味わかって言ってんのか? 勝手な想像で語ってんじゃねえよ こっちだって必死なんだよ 満足するなよ 齢だけくって偉そうに 人脈と過去にすがってんじゃねえよ お前自身にはなんもねえのかよ こんなガキから見ても向上心のかけらも見えねえやつだなあ 逆に尊敬するわ お前が世界の頂点に立ってるような言い草だな バカにしてんだろ なあ 心の底ではお前 周りのやつら馬鹿にしてんだろ でもなよく考えてみろよ 結局お前も一緒なんだよ 調子乗ってんじゃねえよ馬鹿か

 

無知なのに人を見下して自分がすべて正しいと思っている人(思っていなくてもそう思われるような発言をしてしまう人)があまり好きではないです

 

 

 

 

 

フェイス フロム・アメリカ ~彼らがヒロシマで見つけたもの~

朝これを見た 考えさせられた

 

広島の高校にいらっしゃるアメリカ人の教師(?あまり覚えていない)の方が高校生に向けて9.11のテロの話と広島の原爆の話を関連付けて話していた。

自分なりにまとめてみると

 

「ignorence は無知という意味です

 

無知はfear(恐怖)を生み、恐怖は(hate)嫌悪を生み、嫌悪はwar(戦争)を生んでしまうということ。

私たちは異文化を知らない。だからこの連鎖を断ち切るためには

他人を知り、知ったうえで理解しようとすること

が大事なんだ。

 

イスラム教徒の人の顔をテロの後見ると 恐怖の顔をしていた。 マスメディアの報道のなかの真実はすべてではない。

だからみんなには本当の姿、本当の真実を見てほしい。

 

私は、最初は嫌厭していた広島平和記念公演公園に足を運んでいる。 ここは思索する場所なんだ。

原爆死没者慰霊碑には、『安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから』という文字が刻まれていた。

 

今までは、日本語は主語がなくて少しわかりにくくて面倒な言葉と思っていました。 でもこの文章は、誰かと誰かというように特定の人間だけの事を指しているのではなくて。この主語は紛れもなく "we" ですよね。

 

私たちが、考えていかなくてはならない」

 

そんなふうに語られていた。

 

 

途中から見たけどすごく考えさせられた。

無知であること。ソクラテスの『無知の知』という言葉があるけれど、無知であるということは自分自身でも他人でもいえるけど

恐怖を生んだり、嫌悪を生んだり、マイナスな側面があると思った。

 

最近マイヘアの椎木さんがライブで

「戦争のことも原発のことも選挙のことも!俺はよくわかんないけど!~」みたいなことを言っていて。雑誌でもマイへアが紹介されるときこんなことが書かれていたこともあったかな。

マイヘアのことは好きだけど、この言葉だけはいまだにうまく咀嚼できてない

 

私は自分のことを考えることが増えて気づいたけど 考えるのにはエネルギーがいるし、少しだけど努力もいる。 それと同じで 何かを知る ことにも 努力は必要だと思った。他人のことでも入試制度でも勉強でも自分とは異なるものを知るときには特に。 

椎木さんが悪いとかじゃないし、むしろ実際みんなそうなんだと思う。

選挙なんてよくわかんないし 原発なんて遠すぎて想像できない 自分の世界を生きるのに必死だ。私だってそう。

でもそれだけじゃいけない時だって出てくる。

それだけじゃダメなんだ

世界中朝から晩までいつでも何か起こってる そんなこと、全部知りたいなんて思わないし、できない。 でも私たちは今を生きてて、(繰り返すけど)3秒前にはもう戻れない。 今はもう「あ」という間に過去になっていってて

 

世界の全ては理解できないけど、知る努力ならできると思った。

自分の半径五メートル以内の自分の好きなものだけに囲まれた世界の中で死ぬまで暮らしてもいい。

 

でも

なんか

なんでかわからないけどそれは嫌だ

 

他人を知り、知ったら次は理解しようとすることが大事 って教師の方は言ってた

人だけじゃなくて、すべてのことに言えると思う。

【文字面だけみたら簡単そうに聞こえるけど、そう簡単なことじゃない】っていうことに今まで生きてきて沢山気づいてきた。 これだっておんなじだ。

 

18になって、あと二年もしたら成人して、大人として生きていかなくちゃならない。

高校生っていう学生の肩書を持っている自分からもうあと3カ月で永遠の卒業なわけで これからの人生、誰かのために生きていかなくちゃならない時だってある。

結婚して子供産んで、親の介護したりとか まだ想像はできないけど。

 

もう逃げるってことは経験したし

分かった

だからもういい。

もうそういうのはいいから、窪田君もいいよったけど 私も自分の土台をもっともっと固める

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それと同時に まだ知らないことを知るための努力をし続ける

 

最近 友達や先生からいろんな話を聴いたり、いろんなものを見たりして なるほどなあが多くて楽しい だからもっとなるほどなあを増やして自分のものにしていきたい。

「一生のうちで知ることのできる情報の量は世界にある情報量の0.何%なんよ」って中学生のころ友達が話してくれたの覚えてて、まあほんとにそんなもんなんだろうなあと思う。

その割合がたとえば0.3%だったとしたら 努力をし続けられたら0.5になるかもしれんじゃない 逆になんもせんかったら0.3ですら得られないよ

 

私が呑気になるほどなあなんて言えないような世界を見てみたい

見たいじゃなくて見る

見て、自分で、自分が、変えたい 戦争や原発や、そんな大きなことじゃないかもしれないし

まだまだだまだこんなもんじゃない

 

 

 

 

反対された絶対無理だって言われた

そんなことない

行きたい 行く